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彼は1997年にAIRPLANE LABELを創設し、現在までに30枚以上のCDを世に送りだしている。アフリカ、ヨーロッパを旅し自分探しの旅をテーマにジャンルにとらわれる事なく独特の感性でアーティストを選んできた。収録されている曲はインスト曲もあるが、ヴォーカル入りの曲の歌詞は全て木村威夫の手によるものである。これらの詩は木村威夫によると昭和55年から56年に作られたものであるという事だ。当時60歳を過ぎた氏は自分が人生の終末期を見つめているという思いから、このような詩が自然と溢れ出したそうである。そんな時に氏が魅了されたのが他ならぬシャンソンだった。深緑夏代が歌う「私の胸はからっぽなの」が生まれたのもこの頃。日本のシャンソン界の第一人者である彼女の歌声により、四半世紀ぶりに新たな息吹が吹き込まれたのである。運命に導かれるような出会いから生まれたこの曲以外にも様々なアーティスト達がそれぞれの思いを込めて作曲し、演奏している。音楽監督である川端 潤の手によるインスト曲「海をみつめて」。映画の冒頭部分で使われた深緑夏代の朗読「波の声」、海辺でのダンスシーンに使われたのが「踊れ」、赤いひもが天使より渡される重要なシーンにはJun Kawabataとツジコノリコのコラボレーション「コットンツリー」。映画にも出演したMooneyが歌う「嘆きのキングサーモン」は初期のアメリカの大衆音楽で、バーバーのシーンで使われている。伝説のバンド『キャロル』のリードギターだった内海利勝による「エターナルラブ」も映画では未使用であるが、このサウンドトラックとメイキングに収録されている。映画のタイトルにもなっている「OLD SALMON」は、2005年に八代亜紀に楽曲をプロデュースしたYANCYが作曲し、Marin Harueが歌っている。「過ぎた時間」はヴァイオリンを弾く男を街の女が誘惑するシーンで使われている、ニンゲンマン(安宅秀紀)による曲。「海辺のカフェ」と「赤いひも」は喜多直毅のヴァイオリンによるもの。そして、木村威夫による朗読作品の「コットンツリー」も収められている。
  今作のサブタイトルにもなっている曲。荘厳な雰囲気の中に叙情性や切なさのようなものが感じられる。
東欧の城のようなイメージと、洞窟に閉じ込められた女王の郷愁の思いが重なっている。
  物語りの終盤で全てを失った女王が赤い綱に向かって泣き崩れるシーンで流れている。
ピアノをバックに歌いあげる深緑夏代の低く渋い歌声が胸にささる。間奏では、一瞬春の訪れを感じる事が出来る、
しかしそれは、取りかえしのつかない過去の思いでなのか。ラストは深緑夏代の泣き声で終わる。
  映画の中では女王の登場シーンで使われている。
これから始まる物語を暗示している。
  黒い装束の女が海岸で踊るシーンに使われている。
宗教的な雰囲気も漂わせている。使われているタイコはアフリカの打楽器であるモロッコタムタム。
  白い天使が赤いひもをヴァイオリンを弾く男に渡すシーンで使われている。
ストーリーも佳境に入った所で流れてくるこの曲はロマンスの中にも悲しみを感じる事ができる。
複雑なこころのゆれと、これからおこる悲劇を見事に予言している。
  バーバーのシーンで使われている。初期のアメリカの大衆ジャズを思わせる雰囲気で、映画の中でも異彩をはなっている。
また、タライのベースを使っていて、バンドスタイルはジャグバンド形式である。
  映画の本編では使われていないが、ブルース風ギターとハーモニカが印象的。
元キャロルのギタリスト内海利勝の現在の姿がわかる
  エンドロールで使われている。YANCYの弾くピアノにMarin Harueが透明感のある歌声でのびやかに歌っている。
映画のタイトルであり、今作の謎をとく1つのキーにもなっている。
  街の女がヴァイオリンを弾く男を誘惑するシーンで使われている。
ニンゲンマンらしい、ユーモアとやさしさに溢れた曲。
  冒頭やカフェのシーンで使われている。
さざ波のように、やさしく、押しては引きていくヴァイオリンソロ。
  本編の最後で使われている。木村威夫、自らが朗読。
  喜多直毅によるヴァイオリンソロ作品。
本編では、この曲に合わせて、黒い装束の女が踊るシーンがありそれは最後の悲劇へと導いていくシーンでもある。
撮影スタジオで録音された。

 

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