「悠久の自然 アラスカの音楽」

今回、この舞台の音楽を作るにあたって最初にしたことは、星野さんが魅かれたアラスカの自然とネイティブアメリカンの音楽について知ることでした。特にネイティブアメリカンの音楽を知るにはまず彼らのことを知らなくてはなりません。

いろいろ探した結果、ポーラ・アンダーウッドが著したネイティブアメリカンの口承史「一万年の旅路」を見つけました。

この本はイロコイ族の系譜をひく著者ポーラ・アンダーウッドが、イロコイ族に伝わる口承史をまとめたものです。480ページに及ぶ大作でしたがアドヴェンチャー物語としても面白く一気に読み終えました。

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イロコイ族がベーリング海峡を渡り始めたのはおよそ1万年前、まだベーリング海峡が陸続きでベーリンジアと呼ばれていたころです。といっても、一万年前といえば既に氷河期の終わり、陸続きだったベーリンジアがベーリング海峡になり始めたころです。

胸まで海水につかりながらの苦難の移動でした。その後アメリカ大陸を南下していくのですが、一族の中から「物見」の一隊(若くて足の速いもの)を送り出し進む方向を探っていきます。物見は2人の時もあればもっと多い時もあったようですが、別のチームも作って二手に分かれて進むべき方向を探ったりもしたようです。その期間は最低でも一年、それ以上の時もありました。

一族はその間、仮の村を作り物見の帰りを待ちます。移動する彼らが最も大事にするのは「種」です。食物の種を蒔き、小動物をとってひたすら物見の帰りを待つのです。物見が帰ってくると長老を中心に話し合いをします。移動の決定は最終的にシャーマンだったようです。そしてまた永住できる場所を求めて移動するのです。

彼らイロコイ族が最終的に定住した土地は、現在の北アメリカとカナダにまたがるオンタリオ湖周辺でした。

ベーリンジアを渡り始めておよそ一万年の旅です!

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アメリカ大陸に住む先住民族は皆、「歩く民」です。ですから歩いて持ち運ぶのに適した楽器しかありません。いわば持ち運べる文化です。打楽器はフープドラムと言われる太鼓で、現在は馬や牛の皮を張っています。当時はおそらくいろいろな獣の皮だったのではないでしょうか。

そしてもう1つの楽器がインディアンフルートです。ラヴフルートとも呼ばれる縦笛です。基本的には杉を使った5穴〜7穴のものが多いようです。リコーダーや尺八を連想しますね。

ネイティヴアメリカンも部族によって文化の差異があり楽器も微妙に違うようですが、音階がペンタトニック(五音音階)である点、また杉を使った縦笛であることを考えると、響きとしては日本の音楽と共通点は多いように思います。ラドレミソの五音音階は日本の伝統音楽にもみられるペンタトニックで、インディアンフルートの響きがどこか懐かしく感じられるのはそのせいもあります。

今回、「アラスカ 悠久の自然」の音楽ではこのインディアンフルートを随所に織り込みました。実はインディアンフルートは合奏で使うことが少なく、ほとんどがフープドラムと一本のインディアンフルートで奏されるため、他の楽器とピッチを合わせるのに非常に苦労しました。同じ楽器でもピッチが微妙に違うんです。また音階が限定されるために、西洋のオーケストラで使われる楽器と違って自由に転調することができません。音域も一オクターブちょっとなので、演奏中にバスフルートやピッコロフルートに持ち替えることも多々ありました。

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全体の音楽はかなり現代的にデフォルメしてあります。それは星野さんの言葉とアラスカの大自然を伝えるためのことで、磯部さんの語りと共に少しでも多くの人に感動してもらえたら、と思っています。磯部さんとも普段の仕事にはない細かい打ち合わせを重ねました。最初は擦り合せるのに時間もかかりましたが、徐々にお互いのコンセンサスもとれ納得のいくものが仕上がったと思ってます。

一般の演劇と違い、全編が語りと写真のスライドになっているため、語りと音楽の展開を合わせるのに苦労しました。磯部さんは普段テレビ番組のナレーションもやってらっしゃるので、音楽との合わせは1秒単位で読む速さを調整できます。そのため語りと音楽のかけひきもまた今回の舞台を楽しむ演出になっていると思います。

今回は今までにない、新しい感動とドラマを体験できる舞台です。

是非、悠久のアラスカの世界を、目と耳で感じてみてください。そこにあるもう一つの自然に心をふるわせてください。


作曲家 中島まさる